It's Only チラシの裏 ~but I like it

つれづれなるままに書いてます。一番読まれないタイプのブログです。

Can't you see this old boy has been lonely

『aとtheの物語』第3版:俺の740円+税を返せ!

ええ、ひどい本をつかまされました。新宿駅構内にある書店で「店長のイチオシ!!」みたいに大々的に売ってたもので、ちょっと立ち読みして買ってしまったのですが、駅の本屋で本買うもんじゃないね。これはちょっと、もしかすると人生で一番劣悪な本!もう群を抜いてます。


ランガーメール編集部『aとtheの物語』第3版(ランガーメール、2012年)という本なのですが、書き出しはしごくまっとうな日本の受験参考書批判。目次も興味深そうなので、"It depends on the context.(コンテクスト次第)"という副題にちょっと嫌な予感を覚えつつも買ってしまいました。ところがです。


読み出して8ページ目にいきなり「金丸さん」が登場する。
「金丸さん」???
それまでがしごくまっとうな受験参考書批判だったので、突如登場した固有名詞の意味が分からない。私はきっとどこかを読み落としたのだと思い、表紙から戻って読み返してしまいました。しかし金丸さんは全く出て来ない。人物紹介のようなものも見当たりません。
金丸さんの登場は、読み出し8ページ目後半の段落冒頭からです:


> 金丸さんの耳にもa carの方が説得力があるように聞こえる。金丸さんはこれらの英文を何度も声に出して言ってみた(コツは声に出して何十回も言ってみること)aのポイントが少し分かったような気がする。情況に応じてaにするか、複数形にするか考えることだと金丸さんは思っている。


誰なんだ!?金丸さん!!?と思いきや、今度はMrs Boodleなるイギリス人が登場する。"boodle"は「大勢の人々」みたいな意味だから、イギリス人一般を表しているらしい。となると「金丸さん」は日本人の代表か?と読んだところ、はたしてそうでした。最後まで読んでみると、金丸さんは、英語が苦手な典型的日本人の役回りなのでした。
思うにこの著者、日本人といえば「金(キム)」さん、だからそれをちょこっとひねって「金丸」という感じでキャラ名を生み出したふしがあります。その後に「フーさん」「ヘーさん」なる日本人も唐突に出て来るのですが、これを見たって著者が我が国を別の国と勘違いしているのは明白です。著者は日本のことを知らない外国人なのか?と思ったら、どうもそんな感じもします:


> I like girls, I like boys.
>
> と言う場合は問題がある。性が絡む場合は気をつけた方がいい。これは日本人があれこれ考えてもしようがない。響きの問題である。


「響き」とか言われちゃっても……。ねぇ?


そしてさらに私のプロファイリングでは、著者は日本のことをよく知らないイギリス人(イングランド人)のようだ:


> I took the tube home.
> (私は地下鉄で家に帰った。)
(中略)
> 英国人の日常生活ではバスや地下鉄に乗るのは決まった行動なのでtheが自然な響き。


著者の中では完全に「英語はイングランドのみで話される言葉」ということになっています。「英国人の常識」を根拠とした解説は何度も出て来るし、本のしめくくりも作者不詳の英詩を紹介して「夏のイングランド」を賛美し、終わっています。


しかし、かと思えば著者が小学生だった頃の「大本営発表ごっこ」の思い出が語られたりもするので、よく分からない面もあるのですが……。
犯人はかなりの知能犯らしいです。
どうも文章は翻訳っぽいんですけどねぇ:


日本人なら「何度も音読すること」と書くでしょう?


う〜ん、分からん。


で、分からないのは肝心の冠詞についても同様でして。「要するにthe use of "the"についてはちゃんとしたルールはない」んだそうです。「aでもtheでもどちらでもいい。……微妙な響きなので自分でセンスを磨くだけ。」だそうです。(´・ω・`)
冒頭では"a"でも"the"でも無冠詞でも全て「もの一般」を総称として示すことができますよという受験参考書の記述が批判されているのですが、その答えを探して読み進めて行った挙げ句にこんなことが書かれてありました:


> War/A war/The war between Japan and America broke out in 1941.
> (日米戦争は1941年に始まった。)
> どれも理屈はつけられるが響きの違いだけである。warをいかにつくろっても英語の内容は変わらない。warはアングロサクソンの感性に関することなので文句を言っても始まらない。


要するに冠詞、無冠詞の用法はイギリスのアングロサクソン人が持つ感性と常識とによって決定されるものなので、別段ルールのようなものはない、ということのようです。一番の問題は「響き」。
じゃあ冒頭でコケにされた受験参考書の立場はどうなるんだ?っていうね。


副題で"It depends on the context.(コンテクスト次第)"と書いてあるので、文脈からの説明があるのかな?と思ったら、そんなものもほとんどありません。とにかくアングロサクソン人の感性、そして常識、さらに響き(「滑り」と書いてある箇所も)、なのです。
納得行ったのは「新聞名」に"The"が付く理由くらいでしょうか。
これは例えば『朝日新聞』を"The Asahi"と言うのですが、"the"は特定のものを示す働きを持つので、取ってしまうと単なる「朝日」になり、新聞とは分からなくなってしまうわけです。これは納得行った。しかし、ほとんどは上記の「アングロサクソン人の感性、常識、英語の響き(滑り)」で説明されているため、私は読んだことを後悔したのです。(だって、そんな説明なら、わざわざカネ出して読む必要ないもの。)


またこの本には誤植もオンパレードです。初版での誤植を第3版であるこの本で謝罪している箇所もあります。で、中には誤植じゃなく、本気で間違えてるものもあって、一番笑ったのが「バルブ」。
これ我が国の敗戦に関する話の文脈で使われているため、私は本気で意味が分からず、何度も読み返しました。それが「バブル」の間違えと気付くまで結構時間がかかりました。で初めは誤植と思い、「あー、やっちまったなぁ」と苦笑しながら読み進めたのですが、これが本気だったんですね。その後も「バルブ」で通してました!(笑)
なんだか訳者まで外国人みたいに思えて来るんだよなぁ……。


さらに文章があまりにひど過ぎます。例として上の「バルブ」が出て来る箇所を引用しますが、皆さんこれ、意味分かりますか?:


> 敗戦で国民や部下に申し訳ないと言って何百人も自害したという。職を辞し、生業を替え清貧に甘んじた人たちもいたという。……みんなしっかり学習したので、昨今の「バルブ」を煽ったくらいで一体誰が責任を取るだろうか。結局、「国民が負担させられた総額は数十兆円にのぼる」と新聞に書いてある。目下トラブルだらけの原発事故で一体誰が責任を取るだろうか。……
(引用文中「……」は略の意ではなく、ママです。)


私にはここの文章の因果関係が全く分からないのですが……。
「みんなしっかり学習したので」がなければ分かるんですけどね。
なんだか「世界一お偉いアングロサクソン人」の立場から無知蒙昧なる日本人の金丸さんやフーさんヘーさんにお説教する前に、日本語の文章をきちんと書いてくれぃ!と言いたくなるんですが。
上の「みんな」って、誰なんでしょうか?
#もしかして、あれ?「みんな」とは日本人一般のことで、敗戦時に責任を取った人たちを見て「ああ阿呆だなぁ」と学習したので、今では「バルブ」でも原発でもだーれも責任なんか取らなくなりました、ってこと?


てな感じでございまして、私は740円+税をドブに捨てました。まぁ良かった点は、なんでもかんでも「アングロサクソン人の感性」で片付けているため解説が要らず、そのために読むところが少なくなっていて、あっと言う間に読み終わったことでしょうか。でも、解説が欠けている上に、訳のない例文や、英語まじりの文章も出て来ますので、ある程度英語が得意な人向きですね、この本は。


でもこんな本がよく第3版まで続いたよ。